もうすぐ8月15日、第二次世界大戦の終戦記念日です。
戦争末期には、日本本土の空襲、アメリカ軍と日本軍による沖縄での地上戦が激しくなり、
1945年8月には広島、長崎に原爆が投下され、たくさんの人々が命を落としました。
終戦から65年。今のママたちは、その戦争を知りません。
戦争中は、どんな日々だったのでしょうか?
子どもに、戦争のことをどう教えればいいのでしょう?
沖縄戦で看護要員の「ひめゆり学徒隊」として戦争を体験した
島袋淑子さんにお話を聞きます。
島袋淑子さん
ひめゆり平和祈念資料館 副館長
当時、島袋さんはまだ学生だったんですよね?
私は沖縄師範学校女子部の生徒でしたが、女学生から成る「ひめゆり学徒隊」として動員され、陸軍病院で看護活動にあたっていたんですよ。
どんなことをしていたのでしょうか?
陸軍病院といっても立派な施設ではなく、豪とよばれる、丘に掘った暗い横穴の中です。そこでの私たちの仕事は、傷ついた兵士たちのお世話でした。傷ついた人が次から次へとやってきて、夜も寝ないで、どんなに一生懸命働いても「遅い!」と怒鳴られて。豪を出て、弾が飛び交う中、水くみや食べ物を採りに行くのも私たちの仕事でした。薬もない、食べるものもない、目の前で人が死んでいく――離れている家族のことを考える余裕もない毎日でしたね。
当時のことで、心に残っていることは何でしょうか
お腹から内臓がとび出て、苦しみながら死んでいく人を見て、怖くて、怖くてたまらなかったこと。軍から解散命令が出て、豪から出なければならなくなった時、栄養失調やケガで立ち上がることのできない友だちを、豪に残していったこと。『お母さんに会いたい』『水を飲みたい』と言いながら亡くなっていった友だちのこと――いつまでも、心から消えません。ただ、そんな悲惨な中でも、人の優しさに触れることがありました。誰が見ても助からない大けがを負った友人が、苦しみながらも『他の人を助けてあげて』と言ったこと。私たちを助けてくれた兵士さん。あの人たちの優しさも、忘れられないですね。
子どもたちに、戦争のことをどう伝えればいいでしょうか
小さい子どもに、戦争のことを教えるのは早いと思いますよ。母親の愛情を通して、子どもに優しさを伝えてあげてください。人を傷つけない、優しい子になるように。そして子どもたちが、人間はもちろん、鳥や花、虫さんたち、生きとし生けるものを好きなるように導いてあげてほしいのです。道端の花をきれいだな、ネコや犬がかわいいな――そう思える子なら、きっと、命の大切さを自然と理解できて、人を愛し、平和を愛する子になると思いますよ。
ひめゆり学徒隊に動員された生徒たち。ひめゆり学徒隊は、沖縄師範学校女子部と県立第一高等女学校の生徒から成り、沖縄戦時下で陸軍病院の看護活動にあたりました。240人中、136名が犠牲になったと記録されています。
沖縄では、男子は14歳以上、女子は15歳以上の子が戦場に送られました。
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